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e-cor エコール フランス語コミュニケーション教室

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        日々是々 フランス語とわたしの冒険

        日々是々 フランス語とわたしの冒険

marie
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読書が嫌いです

August 24, 2012

風邪をひいたようで、先週からなんとなく不調だったのだけれど、一昨日は咳がひどくなったので、一日中ごろごろして、生徒さんから借りた「杖と翼」(木原敏江 小学館文庫)を読んでいた。フランス革命後の恐怖政治時代を舞台にした漫画。マリー・アントワネットが「パンがなければお菓子(ブリオッシュ)を食べればいいのに」と言ったという間違ったエピソードが使われていたけれど、なかなか面白い。

(実際は、三流新聞(かわら版)によるマリー・アントワネットの「つるし上げ」の中で、あることないこと書かれまくった中のネタのひとつ。本当は王妃のとりまきの貴族のひとりが言ったらしい。)

前期の授業が山場を迎えていた頃、提出課題を添削していた時、2人の学生が偶然同じことを書いていたのを発見して、もやもやした。

「Je n'aime pas la lecture. (読書が嫌いです。)」

まあ、好みについて書くという課題だったから適当に書いたのかもしれないけれど、心にちらとでも思わないことを書けるはずはないので、そういう心持ちがあるのだろう。

これと同じことが、ナント大学にいた時にもあった。語学学校のカリキュラムを卒業して、学部の方に入ろうとしている人に、なんでその学部を選んだの?と聞いたら、上記の学生と同じ答えが返ってきた。本を読むのが嫌いだから、私のいる文学部なんかはちょっとね、と。

そのときのわたしは、現文学科300人のフランス人学生の中でたった一人の外国人学生として、ほとんどの科目で落ちこぼれていたため、余裕のよっちゃんというものがナッシングで、トゲトゲしていた(そうやって尖っていなければ、つぶれそうだった)から、「読書が嫌い」と当たり前のように言う友人に対して反発のような、軽蔑のような、やりきれない違和感を感じた、というのを思い出した。

その時も、今も、なんで読書が嫌いだという人に対して、こういうもやもやした気持ちになるのだろう。

例えば、彼らが「イグアナが嫌い」とか「コーヒーが嫌い」とか「あたりめが嫌い」とか言うのに、同じような感情は湧かない。単にごく個人的な好みを言っているだけだから、こちらは「あ、そうですか。」と挨拶して、その人に対しては、あたりめをかじりながらイグアナを連れて「コーヒーでもどう?」とかうっかり誘わないように気をつけるだけだ。

でも、それを言ったら「読書」だって「音楽」とか「スポーツ」とか「登山」などの個人的な趣味の問題なのだから、なにもわたしが感情を害する必要なんか全くないのに。

ところで、小学生の時からの習慣で、わたしは本を常に3~4冊同時に読んでいる。右目で一冊、左目でもう一冊、額の目で三冊目、余裕があれば背中の目で四冊目。

・・・今、数えたら7冊だった。あと、どこの目を使おう(まだ言うか)。

(① 村上春樹のインタビュー集(今頃) ② 町田康「この世のメドレー」③ Tracy Chevalier 「La jeune fille à la perle」④ 「イメージの文学史」シリーズから「動物の謝肉祭(澁澤龍彦 監修)」⑤ 高田渡「バーボン・ストリート・ブルース」⑥ 那州雪絵「ここはグリーン・ウッド(白水社文庫版)」⑦ 「世界は分けてもわからない」福岡伸一 ・・・読書が好きというより単に欲張りな性格が露呈。)

外出する時に本を携帯するのを忘れたりしたら、心の支えを失って挙動不審になり、出先で一冊買ってしまう。上記の彼らからすれば、わたしなんかは理解不能というか、もう完全なるど変態だね。

そうか。自分の「好き」なものを否定されて、さびしいのかもしれない。わかってもらえなくて、かなしいという気持ちが、相容れないことを言うひとに対する一種の「攻撃」として、イライラしたり、軽蔑したりする形になって現れているのかもしれない。

それにしても、読書嫌いで学生をやるってのは、物凄く大変なのではなかろうか。どの学部でも教科書やら資料やらを読まされない日はないし、基本的に読むのが嫌いなのでは、勉強もはかどらないだろう。

いやいや、雑誌や漫画は読むし、ネットでニュースや友達や芸能人のブログを読んだりもするよ。と、言われるかもしれないが、その「読む」力と「読書」力とは、全然動かす「筋肉」が違うのだと思う。

ネットで読める日本語のニュースや、雑誌や、このブログのような一般的な「日記」ブログや、ハウツー本は、ほとんど頭を使わないで読める。高度なレトリックを使って書かれているわけではないし、事実を分かり易く書いている。1次元あるいは2次元的読解で済む。 ニュースになっている出来事には、テレビのコメンテーターやニュースにコメントする無数の匿名の人たちのそれらしい意見が溢れている。漫画には、頭を使わないと読めないような作品もあるけれど、美しい絵が補ってくれる分、こちらの想像力を使わなくていい。

ただ、口を開いて待っていると、よく噛み砕かれて流動食のようになった情報が勝手に流れ込んで行ってくれる。だから、噛んだりする必要なし。メディア・リテラシーってのがあるラシーけど、もうあごが退化しちゃったから、それ、噛めねーよ。ふがふが。

村上春樹がこんなことを言っている。

ただ若い人々には多くの場合、「チェッキング・システム」のようなものがまだ具わっていません。ある見解や行動が、客観的に見て正しいか正しくないかを査定するシステムが、彼らの中で定まっていないのです。そういう「査定基準」みたいなものを彼らに与えるのは、我々小説家のひとつの役目ではないかと僕は考えています。もしその物語が正しいものであれば、それは読者にものごとを判断するためのひとつのシステムを与えることが出来ると僕は考えます。何が間違っていて、何が間違っていないかを認識するシステム。僕は思うんだけど、物語を体験するというのは、他人の靴に足を入れることです。世界には無数の異なった形やサイズの靴があります。そしてその靴に足を入れることによって、あなたは別の誰かの目を通して世界を見ることになる。そのように良き物語を通して、真剣な物語を通して、あなたは世界の中にある何かを徐々に学んで行くことになります。 村上春樹 著「夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです 村上春樹インタビュー集 1997-2009」p.19-20 2010年 文芸春秋

これって、読書だけではなくって、自分にとって未知のあらゆる活動が「他人の靴に足を入れること」なんだろう。 語学は「育ってきたものとは違うシステム」で考え、理解し、表現する、それこそ「他人の靴」に足を突っ込むだけではなくて、それで歩いたり走ったり踊ったりしなくちゃならない。履き慣れないからよく転ぶし、余計な飾りがついていたりすると腹もたつ。けれど、それを履いている時にしか見えない風景があるから、我慢してならして、だんだん自分の足に馴染ませて行く。

読む力というのは鍛えれば鍛えるほど、次元が広がって行く。物語が、言葉が、3次元、4次元に広がって行く。その風景は、毎日地味に言葉を掘り起こして、「どういうことだろう?」「この意見はほんとうなんだろうか?」「自分はどう意見を述べればいいだろうか」と深く穴を掘って行く、ことばを何度も噛んで確かめることで、だんだん見えてくる。今まで地べたにいたから見えなかった地上絵のような文の骨組みも、ぐんと上空から眺めて、見抜くことが出来るようになる。

今、起こっていることに対して、様々な人が様々な意見を言っている。教育は盛んに「規格からはみ出してはいけません。でも個性的な意見が言えるようになりなさい」と矛盾したことを言って急き立てる。一見すると論理的なことを言っているような気にさせる話術が上手な人にばかり、スポットが当たっている。なんでこんなにうじゃうじゃと溢れているのかというと、人の意見を1次元的にしか理解できない人が増えているからだと思う。だから、3次元・4次元的広がりのある文脈でメッセージを放っている人の意見も、自分が見えている平面しか見えないから、「お前の言っていることは間違っている、頭おかしい」と噛み付く。見えないから、かなしくて、怖くて、噛み付く。だから、それよりちょい複雑な2次元的メッセージを大きい声で怒鳴っている人に「この人の言うことは、すごい。」と騙される。

今現在のわたしたちの世界に本当に必要なのは、「理解する力」「聞き取り、読み取る力」なのだと思う。力がある人は、薄っぺらい論理を見抜くことができるし、そもそもそういう詭弁を発信してもすぐ見破られるから、ミオップな(近視眼的な)意見を言ったりできなくなる。

「本を読むのが嫌い」という人が増えていることに、とても危機感を感じて書いてしまいました。語学の観点から、よく読んでいる人は綴りを間違えない、とか、語彙が豊富になる、とか、具体的な効能についての話しもありますが、それはまたいずれ。

In Labor 学 Tags 村上春樹, 読書
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「わたしの」外国語学習法考

January 10, 2008

bourgeonかた雪かんこ しみ雪しんこ 鹿の子ぁ嫁ぃほしいほしい 宮沢賢治「雪わたり」

衝撃的事実を明かしますと・・・ フランスのテレビの気象情報は、どのチャンネルもつっこみどころ満載ですが、 個人的に一番気になっていたのはTF1の月~木担当のおばさんの露出過激な服装と、マージ・シンプソン(仏語吹き替え版)激似の喋り方。

おっと、衝撃的なのはそんなことではなくて(ま、ある意味衝撃的ではあるんですが)。 日本人が「雪が降っている」を習うとだいたい Il neige(イル・ネージュ) となるのですが、実際、天気予報でこう言われることは結構稀なのです。

雪が降るでしょうという時は、 flocon(フロコン、un、ふわふわした塊のこと。綿片、オートミールなど。) を複数形で使って、

Quelques flocons (sont) possibles en Ils-de-France イル・ド・フランスで雪がちらつく可能性があります

になるし、雪が積もる場合は une bonne couche de neige と、couhe(クシュ、une 層)を使います。

あ、雪!という時に「イル・ネージュ」と思わず口から出るのは外国人だけという・・・ ま、それは乱暴な話で、日常会話で使われることもありますが、ちょっと衝撃的じゃないですか?

さて、La neige tombe sur la ville de Niigata・・・2008年初雪です。 昨日は風邪気味の上に、明日引っこ抜く親知らずが最後の主張を力なく行い、なんとなくおたふくな顔でごろごろするはめになってしまいました・・・。 そこで、一時期忙しさにまぎれて途中になっていた、ロンブ・カトーの「わたしの外国語学習法 (ちくま学芸文庫)」を読むことに。以下、長くなりますのでお時間があるときにでも。 ねじれてます。 ねじれてるひと。

以前この本を紹介したときに、「一週間に平均して10~12時間以上学習しないと身につかない」という件を抜粋したところ、思わぬ反響があったのですが・・・ 記事を読む→フラ語上達の技。 終盤のほうに、またもやガーン!となるやもしれぬ公式を発見しました。 『語学的才能について』という章に記されているのですが、

消費された時間+意欲(関心度)  =結果      羞恥心

上リンクの前回の記事で、確か、「一番いい単語暗記の方法は人前で間違えること」と書いたのですが、そのテーゼ(?)を悪魔的に証明しているのがこの式でございます。

分母が一種のブレーキの作用として在り、どんなに時間を消費しても、どんなに意欲があっても、効率的に結果が出にくくなってしまう。羞恥心のために、誤りを犯すことを恐れ喋らなくなってしまう(心理学で言う阻止現象)、論理的基盤を失うのを恐れるあまり、母国語の規範にしがみつき、なかなか外国語の規範に移ろうとしない(又は、以前に身に着けた外国語の規範にしがみつく)・・・

ただし、もしも分母が0だった場合に、この呪われた(!)数式の足かせ部分がチャラになるかというと必ずしもそうとは言えないのです。

教育学の見地からすると、最も価値あるのは誤り、それもわれわれ自身によってなされた誤りです。自分の間違いに気づくことが出来たとしたら、その誤りを、笑われたり、驚かれたり、常識を疑われたり、時には同情されたり、自尊心を傷つけられたりしながら指摘されたとしたら、このときに生じるわたしの感情、目には見えないかもしれないもののわたし自身のそれに対する反応が、[記憶の] 定着化のための補助用具の役割を果たすのです。     p.189, 16 われわれが外国語で話すときのメカニズムはどうなっているのか?            わたしの外国語学習法、ロンブ・カトー著 米原万里訳 ちくま文庫)

つまり、羞恥心が「定着」という作業の潤滑油だとしたら、まったく羞恥心がなければ上の作用は起こりえないのです。諸刃の剣というべきメカニズム・・・。

ところで、彼女が述べている先の式について、これはなにも私達を脅かそうというのではなくて、語学を習得するには特別な才能が必要だ、とする巷の偏見を覆すもの。

よく、「もう●年も勉強しているのに、ちっとも上達しない」という声を聞きます。(これは何の習い事でも当てはまると思います)

学習環境や、ついている先生にもよるというのは実は微々たる影響でしかありません。その言葉を母国語とする先生に習わなければ上達は見込めないとか、留学しなければ使いこなせるようにはならない、だから「母国から出ずに語学習得というのは寝言のようなものだ」、「行ってしまえば何とかなる」という考え方はたちの悪い宗教のようなもので、恥ずかしながらわたしも長いこと盲目的に唱えていた御題目です。

しかし、0のまま果敢にもやって来て、心身を壊し、目をつぶりたくなるような思い出しか蓄積しないまま自国に戻る人、一体何を学んだのか自分自身さえもわからない、そんないたずらな時間を過ごしてたゆたうように帰国する人・・・そんな人たちをたくさん見てきました(日本人だけに限りません。しかし、そういった日本人の割合は残念ながら多いと言わざるを得ないのです)。

その一方で、わたしの友人たちにも多くいますが、それほど長期の語学研修を受けずに効率よく外国語を複数ものにしていく、という人々が存在します。

学歴や職種は関係ないのです。(これは、私の日本での学歴がいい証明になります) 友人の美容師(日本人)は、驚くべき柔軟さと表現力、語彙力、滑らかな話力でフランス人たちと意思疎通を図ります。

ある時、語学というのは天から降ってくるものではなく、自分がどんどん下に根をはって伸ばしていくものだと気づいたとき、自分というアイデンティティや生活から切り離した別次元で学ぼうとしていては決して「定着」しないということに気がつきました。

それが、「日本で使えるフランス語を教えたい」というコンセプトとして、今のe-corを打ち立てるきっかけになったと言えます。

長々と論じてしまいましたが、最後に、カトー氏の言葉を上達に悩む方々に。

(...)自分の内に真の関心があるものかどうか確かめてみることです。真の関心のおかげで、御承知のように、是が非でも望みをかなえたいという強い意思が生まれるのです。 p.226

In Labor 学 Tags e-cor, フランス語学習法, 外国語学習, 読書
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会話ならめんどくさい文法など使わずに、ジェスチャーや気持ちでなんとか通じさせればいい。そもそも、文法なんて実際には使っていないのでは?という疑問から「対人」という発想へ。初級学生達30人に文法を学ぶことに関するアンケートをとった「語学にとっての文法」についての考察。

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